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2015年2月3日火曜日

「記憶の場」とジャンヌ・ダルク

 久しぶりにブログでも書いてみようと思い立ったはいいが肝心のネタがない。ということでHDDの中を漁っていたら、何年か前に大学の授業でピエール・ノラの『記憶の場―フランス国民意識の文化=社会史〈第3巻〉模索』を読んだときにジャンヌ・ダルクについて書かれた項を僕がまとめたものを見つけたので引っ張り出してみました。曰く、


【序】

  • アナトール・フランス「オルレアンの乙女の記憶を時代を追ってたどってみるのは、たいへん面白いにちがいない。だが、それには一冊の書を丸ごとあてねばなるまい」 
→ジャンヌ・ダルクに関する膨大な資料群(オルレアンのジャンヌ・ダルクセンターに蒐集された8500冊以上の本、数千のスライド、数百の新聞ファイル、長編映画のフィルム等)=死後もたえず人々の口にのぼっていたことは明らか

  • ジャンヌを扱った文学や芸術や歴史書は豊富に存在する。 
=教科書、通史、百科事典、映画、演劇、音楽、(物語・エセー・小説・伝記・詩などあらゆる種類の)文学

  • ジャンヌダルクの名は19世紀以降、ミネラルウォーターの名からカトリック青年団のサークル名や政治結社名まで、あらゆるところで用いられた。 
→過去から現在までの多様な表現による有名なジャンヌの行為の定型化されたイメージ(内面の声に耳を傾けるジャンヌ、オルレアンを解放するジャンヌ、ルーアンで死刑するジャンヌ)

  • ジャンヌの記憶はフランス中に満ちあふれている。 
butジャンヌの記憶は、時間的にも空間的にも断絶している。
→断絶のもとにはイデオロギー上の争点=ジャンヌの記憶は中立的なものではなく、分裂をもたらし、論争の的になり、政争の具にされた記憶


【変動する記憶】

<ⅰ時間による変化>
ジャンヌ・ダルクの死後の歴史には対照的な二つの時代がある。そしてその前にジャンヌの同時代人から得た人気についても言及する必要がある。

○15世紀=ジャンヌの同時代人たちの言説
ジャンヌの事跡は、フランス人や外国人の手による年代記の形で当時の著作物に書き記されたが、この時点ですでに矛盾する物語があった。親国王派のアルマニャック派に好意的なものもあれば反国王派のブルゴーニュ派に好意的なものがあるという具合である。そのほかこうした年代記の刺激を受けて記された1461年の『オルレアンの攻囲日誌』のような回想記や『オルレアン攻囲の聖史劇』のようなジャンヌを称揚する芸術作品も多く現れた。


○16世紀~18世紀 =あまり称えられることはなくむしろ中傷にさらされた時代
  • 16世紀 
反国王派のブルゴーニュ派の伝統がアルマニャック派に抗して生き続けた。ギヨーム・デュ=ベレーの『戦争の事実に関する教訓』ではジャンヌはフランス宮廷の単なる道具でしかなかったかのように描かれる。フランス語で書かれた最初の国民的な歴史とみなされる著作であるジラール・デュ=エランの『フランスの紛争における慈悲について』もジャンヌの使命と彼女の純潔の双方を疑ってかかった。

  • 17世紀 
古典古代をも半年、中世を野蛮とみなした17世紀の人びとにとってジャンヌは「ゴシック的すぎる」存在であった。そのため『オルレアンの乙女あるいは解放されたフランス』という叙事詩が作家たちの物笑いの種となり、ボシュエは『フランス史序説』の中でジャンヌが耳にした「声」に言及することなく、ジャンヌに対して無関心を貫いた。このようなジャンヌに対する懐疑的態度からは17世紀におけるジャンヌがもはや才人の関心を引く存在でなかったことが分かる。

  • 18世紀 
18世紀にはのちに冒涜的と評価されるヴォルテールの『オルレアンの乙女』が繰り返し読まれた。ヴォルテールはその詩の中でジャンヌの名声を失墜させ、『哲学辞典』ではジャンヌを霊感を受けたとあつかましくも信じ、偉大な役割を演じさせられた「哀れな愚女」と表現した。こうした評価は中世全般に向けられた侮蔑の所産でもあり、多くの人の共有するところであった。


○19世紀以降=広範な賞賛を勝ち得た時代
  • 19世紀 
19世紀が「ジャンヌ・ダルク」の世紀となるには中世を見直そうとするロマン主義運動・愛国心・ナポレオン没落後のカトリックの復活という三つの要素がからんでいた。これらの動きの中でミシュレの『ジャンヌ・ダルク』が生まれ、ジャンヌ・ダルク物の祖型となると共に、祖国を啓示するジャンヌは燦然と輝く地位を約束された。この「侵略を受けた者たちの聖女」というイメージはフランス国民を創出する神話として必要とされ、アンリ・マルタンはジャンヌを「民族の救世主」と名付けた。そして信仰篤いジャンヌという像を広める通俗的な著作も増えていった。また、こうしたジャンヌの記憶の再構築には史料に立脚する歴史研究の方法が確立され、『有罪判決裁判』『名誉回復裁判』という形でジャンヌの裁判資料が相次いで刊行されたことにも起因している。こうして19世紀末には高まりつつあるナショナリズムとともにジャンヌ熱が最高潮に達した。

  • 20世紀 
20世紀にはジャンヌのイメージについてそれまでもあった乖離が決定的なものになった。その理由は学問的な歴史が史料研究によってさらに鍛えられたこと、敵対しあう党派がいずれもジャンヌの神話を利用しようとして、歴史と神話の距離が開いたことにある。党派の間ではナショナリズムの諸潮流が、国民的和解のシンボルとしてジャンヌを占有する傾向にあり、20世紀後半には共和派の愛国心が弱まり、極右のネオ・ナショナリズムがジャンヌのシンボルを引き継いだ。


<ⅱ 場所による変化>
時間の経過が、ジャンヌの記憶に強弱や濃淡の変化を及ぼすことはしばしばあった。さらには記憶が翳りを見せるときもあった。しかしその記憶は、ある特定の場所では、そうした変化や翳りにほとんどつねに逆らった。
→オルレアン、ドンレミ、ルーアン、これら感謝の場所、崇拝の場所では、ジャンヌ・ダルクの記憶はつねにたえることなく守られた。フランス人のあいだでは内部争いがたえなかったが、熱情と民間伝承とが彼女のイメージを保った。

  • オルレアン 
ジャンヌによるオルレアン解放は住民たちに熱狂的に歓迎され、オルレアンでは毎年この勝利の日を祝う祭典が執り行われるようになった。これは16世紀には宗教戦争によって一時中断されるが、再開されますます充実した祭典となった。その後も1793年に革命家によって宗教的、君主主義的という理由で中断されるなどたびたび問題となるものの続けられてきて、1920年にジャンヌがオルレアンを解放した日を国民の祭日とする法が可決されるとオルレアンの祭典は主要な行事であることが保障された。また、オルレアンでは毎年の祭りに加え、ジャンヌの記念像が造られ、ジャンヌが滞在したオルレアン公爵家の出納長ジャック・ブーシェの家であった「乙女の家」の保存にも強い関心を抱いた。このようにオルレアンではジャンヌをまず市の解放者として、ついで市の保護者として、考え続けてきた。

  • ドンレミ 
ジャンヌの故郷の小教区ドンレミにある「乙女」の家は15世紀以降巡礼の地となった。ジャンヌの家族、すなわちジャンヌの兄弟の子孫はジャンヌの記憶を絶やさないように努め、村人たちも有名な同郷人の記憶を大事にし、若者は四旬節中の第四日曜日にはジャンヌが「声」を聞いた「妖精の木」の下に赴いた。16世紀末にはその近くにオルレアンの乙女に敬意を表したチャペルも建設された。18世紀にはジャンヌの家は「フランスにとって、とりわけヴォージュ県にとって、偉大で輝かしい記憶と結びつく歴史的な記念建造物」としてジェラルダン家からヴォージュ県に売却され「ジャンヌの家」の保存が滞りなく行われることとなった。共和派とカトリック王党派との抗争の時にドンレミはそのとばっちりを受けることになったが、その間も村への巡礼は絶えることがなく、新しい聖堂も建設された。

  • ルーアン 
ジャンヌの最後の地であるルーアンでは1456年のジャンヌの名誉回復後、金箔が張られた青銅の十字架が、ジャンヌが火刑に処された場所の近くに建てられた。16世紀の初めにはオルレアンの乙女の像が、広場にある噴水を飾った。この噴水が壊れた後1754年には、それに代わる記念物が造られ、そこにジャンヌの新しい記念像が添えられた。今日再建されたヴィユ=マルシェ広場にもジャンヌの記憶を想起させるものがいくつかある。サント=ジャンヌ=ダルク教会の周辺には「記憶」の回廊が建てられ、1431年の火刑の場所には高さ20メートルの名誉回復の十字架が立っている。ジャンヌダルク記念館も造られ、ルーアンは定期的にジャンヌを顕彰する舞台となった。


【争われた記憶】

ジャンヌの騎行と彼女の劇的な死のあと、数世紀にわたって論争が続いた。その論争を煽り、そこに利益を見出したのは党派心である。それらのジャンヌを占有しようとする思想潮流の中で引き合いに出されるジャンヌからは、実際のジャンヌが持っていた複雑性が剥ぎ取られ、それぞれの潮流がジャンヌに見出す意味が一つだけになっていった。
=歴史的人物のジャンヌは神話化され、彼女の一生は寓意となり、その軍旗と剣は対立する党派のシンボルとなった。
→こうしてジャンヌの記憶は、19世紀を通して3つの表象に大きく分かれた。それらは時には相次いで誕生し、時には同時に存在していた。その三大表象とは「カトリックの聖女」「愛国的民衆の化身」「排他的ナショナリズムの守護聖人」である。

<ⅰカトリックのモデル>=「カトリックの聖女」
カトリックにおけるジャンヌのイメージはカトリックと反教権派との争いの中で作られていった。1920年にジャンヌ列聖にはローマ教会の政治的行為が見られる。その頃教皇庁は第一次大戦戦勝国のフランスとの外交関係再開を課題としており、ジャンヌはそのために利用されたと考えられる。教会はジャンヌの「神の使命」にも「声」にも結論を下さず、ジャンヌを殉教者ともしなかった。彼女はその純潔と模範的な美徳によって聖人となったのであり、この普遍性によりジャンヌは国民の特定部分とだけ同一視されることを免れた。しかし愛国者、ナショナリストとなったフランスカトリックは、宗教聖人としてのジャンヌと国民的聖人としてのジャンヌを混同しがちであった。

<ⅱ 共和派のモデル>=「愛国的民衆の化身」
ジャンヌは王権の擁護者であり、歴史における超自然的なものを示す存在であったため、啓蒙の世紀に依拠する共和主義者をただちに満足させるものではなかった。そんな中でミシュレがジャンヌのイメージを一新した。その目的はジャンヌをヒロイズムと民衆の良識が入り混じった範型とすること、特に国民感情の創始者とすることであった。第三共和政の初期にはジャンヌに対する共和主義者の態度が二通りあり、一つは教会と王政からロレーヌの愛国者の記憶をもぎ取ろうというもので、もう一つはジャンヌを党派闘争を超越する和解的なシンボルとするものだった。このように19世紀を通して構築された共和派モデルは、多様な機能を帯びていた。

<ⅲ ナショナリストのモデル>=「排他的ナショナリズムの守護聖人」
右翼から来たキリスト教的愛国派と共和派の改憲論者という二つの潮流が合流して出来たナショナリズムにおけるジャンヌは、反ユダヤ主義と結び付き、「ユダヤ人の放浪性・都市性とジャンヌの農村性」「フランスに仕え、統一したジャンヌとフランスを裏切り、解体させようとするユダヤ人」といった対立構造を生み出した。そしてユダヤ人からフランスを守る国民的聖女としてジャンヌを崇拝した。ナショナリストはジャンヌの中にフランスそのものと、「人種」の美徳を見出したのである。

⇒これらの表象は初期には古いフランスと新しいフランスの争い、すなわち、カトリック君主制から生まれたフランスと革命的民主主義から生まれたフランス都の途切れることのない紛争が、「天国」からの使者という神話と民衆の娘という神話を対峙させ、「教会」の宗教と「祖国」の宗教を対峙させた。しかしここ100年の争点は、第三共和政が勝利したことで、すっかり変わってしまった。新右翼のイデオロギーには、カトリックの遺産と国民的な救世主信仰、反ユダヤ主義的な大衆迎合主義、反議会主義と反主知主義などが混じり合っていた。この新右翼はジャンヌの記憶の「引き継ぎ」を行い、ある程度は成功したが、それは完全なものではなかった。



【記憶の機能】

20世紀に入って、ジャンヌ・ダルクについて歴史研究が進展し、ロレーヌの乙女とその時代に関する新たな著作が増えたにもかかわらず、政治家と政党は、フランス人の団結と党派的な主張という相反する二重の目的で彼女を利用した。

  • 結集の機能 
1914年に成立した挙国一致の神聖同盟のもとではジャンヌを旗印にフランスは結束し、ドイツ軍兵士と対峙することになった。そして1918年の勝利によって遂に共和国とジャンヌ・ダルクの和解が成立し、ジャンヌの日が制定された。こうしてジャンヌは対外危機や20世紀の様々な危機に対してフランス人の結集や団結や連帯が求められる際のよりどころとなった。しかしこの結集の機能もいつまでもは続かず、1979年の普通選挙によるヨーロッパ議会の最初の投票日の直前に行われた超国家的な演説では再び、ジャンヌの記憶が党派的な政争の具とされた。

  • フランスについてのある理念 
ジャンヌの記憶は主として、ジャンヌの実際の歴史を歪め、戯画化した党派闘争によって守られてきた。しかしそれでも、伝説となったジャンヌの武勲はジャンヌをめぐる論争とジャンヌの争奪を超えてフランスに関する一つの理念を人心に定着させた。その理念は神話とも歴史的真理ともつかず、常に関連する三要素によってつくられてた。その三要素とは「フランスは常に分裂していた」「フランス史は奇跡に満ちている」「救世主」である。そしてジャンヌのイメージが争奪の的となってきたのは彼女がキリスト教と革命という二つの文化を具現していたからであり、この二つの文化こそ、独特のアイデンティティをフランスに与えるのに寄与してきたものである。これは詩人アラゴンが「フランス的特性」として「フランスにはキリスト教と唯物論という二つの偉大な伝統があることが知られている。それらの伝統が非和解であると、どうしてわれわれは思うのだろう。フランスが危機にさらされるときには、二つの伝統が和解するのがわからないのか」と述べるのと同じく、フランスは「ときには分散し、ときには収束する二重の系列であり、単一にして分割可能なロレーヌの乙女である」ということが出来る。


…とまあこんな感じたったらしい。ジャンヌ・ダルクは人生そのものも劇的なのだろうけど、死後の享受の在り方まで劇的だったことがわかりますね。個人的に「記憶の場」という考えは面白いと思った記憶があるのでもう一度読み直してみたいです。

2013年7月7日日曜日

村上春樹の魔力

  今更ですがこの春、村上春樹の新作長編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が発売されましたね。まあ私は読んでないんですけど…。もっと市場が落ち着いて本屋の平積みが無くなったら読もうかなって。この間本屋でもう書評本が出てるのを見てちょっとげんなりしたのはここだけの話です。

  さて今回は、世間が新作で賑わってる間にいくつか春樹作品を読み返してみたので、、、ちょっと村上春樹作品の魅力について語ってみようと思います。とは言うもののそんなにたくさんは読んでません。特に村上春樹が好きなわけではないのであしからず。ちなみに読んだことがあるのは初期三部作と『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、あとは短篇がいくつかって感じです。見事に初期作品に偏ってますね。

  そんな私が考える村上春樹の魅力ですが、はっきり言ってよくわかんないです(笑)強いて言えば空気感というのでしょうか?文章自体はどことなく翻訳小説チックなところがあって個人的にそこまで好きではないです。読み易いけど…。内容に関してはよく言われてることですが、、、男がいて女と会って酒飲んでセックスしてうんちゃらかんちゃら、、、基本構造はこうですよねえ。深く読み込んでいけば違うのかもしれませんが、村上春樹を買ってる人100人いたら98人くらいは深くなんて読まないでしょうし。(言い過ぎかな?でも普段本なんてまるで読まない人が話題だからって買ってるんだろうな。じゃなきゃあそこまで売れないよね。)そんな春樹作品について面白い評があったのでご紹介。渡辺直己さんという方による村上龍の『五分後の世界』の幻冬舎文庫解説です。長いですが以下引用、、、

  一般に「文学」と呼ばれている作品には、読者とのかかわりにおいて、基本的に二種類のものがあるとおもっている。
  まず決して読者の主体を侵すことのない作品というものがある。読者は、それを読んだ後でみずから変わろうとはせぬし、彼らはむしろ、いっこうに変わりようのない自己の輪郭をそのつど、心地よく確かめるためにその本を好んで手にするのだ。たんに楽しませ、慰め、励まし、教えるだけでなく、それらは、時として驚かせ、混乱させ、おびえさせるかもしれない。だが、そのすべてが結局のところ、読者を安心させることを本質とする作品というものがあり、わたしはこれを「読物」と読んでいる。たとえどれほど悲惨なこと異様なことが描かれていようが、「読物」はたえず、変わらぬことの愉悦とともにある。ちょうど、適度な負荷が筋肉を鍛えるように、その悲惨さ、その異様さ、その驚きおびえは、読者に対して、彼らの主体の既知の輪郭をいっそう強固なものとする恰好の刺激たりうるように調整されてあるからだ。そうした調整ぶりに抜群の手腕を示すという意味で、たとえば村上春樹はたぶん、現代最高の「読物」作家であるはずだが、『ノルウェーの森』や『ねじまき鳥クロニクル』に深く魅了されたあなたはしかし、その後で、いままでとは何かまったく別のことをしようと欲したろうか?

  この解説は続いて「読物」の対極にあるものとして、読者の生の遠近法そのものを変えてしまう力のある作品を「小説」と呼び村上龍は「小説」家だとする。もちろんこれは村上龍作品の解説として書かれたものなのでハルキストからは批判もありそうだが、私的にはなるほどと思った。それにこう考えると世間でやたらと春樹作品が読まれているのも納得できる気がする。

  現代人はみんな自己肯定を欲しているのだ。革命とか戦争で世界を変えられる時代は終わった。民主主義や平和主義は絶望だと思う。倒すべき敵は不特定多数の大衆となり、選挙では根本的な変革は望めない。そして戦争は戦争というだけで否定される。これまで人類が作り上げきた中で、最も転覆させにくい社会システムが出来上がってしまっている。それでも学生運動なんかをやっていた世代はまだ、自分たちの力で何かを変えられると信じていたのかもしれない。そういうのが終わって、私たちの世代は結局世界は変えられないと悟ってしまった。変えられないなら肯定するしかない。ふがいない自分を。やるせない世界を。

  そうした自己肯定感こそが、私が村上春樹の魅力だと言った空気感の正体なのかもしれない。深く読み込まなくても、普段本なんか読まない人にも感じられるように空気感として感じられる自己肯定感。魅力というか魔力的ですよね。春樹作品は不思議と何回も読み返したくなるのもそういう理由?個人的に村上龍のほうが好きだけど龍のほうは何回も読もうとはなかなか思えないもん、疲れちゃうから。

2013年5月4日土曜日

嶽本野ばら『祝福されない王国』(新潮文庫)

昔、世界の端に海に囲まれた王国があった。その国では王の統治の下、全ての国民が幸福に暮らしていた。だが、かつて彼の国では不公平が蔓延し、諍いが絶えず起こっていたのだ。この状況を打開すべく、全国民が出した答えは「平等」。しかし、行き過ぎた平等の結果、王国にもたらされたものとは……。現代アートの鬼才・藤本由紀夫と人気作家がコラボレーションした九篇の黒い寓話集。

上に引用したのは新潮文庫『祝福されない王国』裏表紙の解題。 ここでは「寓話」という言葉用いられているが、著者の嶽本野ばらは自身による文庫版あとがきにおいてこれを否定している。曰く、

いわば寓話 ―― 何かいろんな暗示や、一度読んだだけでは窺い知れぬ奥行きがあるのでしょうね ―― この作品は ―― といわれたけれども、そんなにたいしたものはない。奥行きがないとはいわないけれど、あってもせいぜい金貨一枚程のものだから、まぁ曖昧三センチ ―― というところだろう。寓話ともいいかねる。教訓も秘めたる主題も殆んどないからである。

とこんな感じだ。だが本当にこの作品は寓話では在り得ないか。確かに著者である嶽本野ばら本人がそう主張する以上寓話として書かれたものではないのだろう。しかし実際に読んでみて感じたのは金貨一枚とは思えぬような奥行きだった。この作品は昔話的な平易な文章の中に確かに読者に何かを感じさせ、考えさせる力を持っている。ここに著者の意図と読者が受ける印象にずれが生じる。


少し話が飛躍するが、つい最近まで私は作者の意図こそが作品解釈の絶対基準だと考えていた。しかし最近では読者の側の解釈に興味を惹かれることが多くなった。一般的にテクスト論と言われるものに近い立場だろうか。今回の場合だと、たとえ作者が意図していなかろうと読者によって寓話的だと解釈される限りそれは寓話なのである。そんなことをとりとめもなく考えながら思考はさらによくわからない方向へと進み、テクスト論はフッサール現象学における認識の問題に近いのではないかなどと考えだす。つまり作品は作品としてそこにあるのではなく、読者によって読まれる(=認識される)ことによって初めてそこに存在させられるものと言えるのではないだろうかなどと。

2013年5月2日木曜日

シェイクスピア『マクベス』(松岡和子訳、ちくま文庫)

シェイクスピアの『マクベス』を読んでの感想、というか思ったことを少し。

有名な作品ではあるが恥ずかしながら初読。シェイクスピアの作品ということでも『ハムレット』を昔読んだきりなので2作品目ということになる。何故これまで読もうとしなかったのだろうかと不思議に思いつつ読んだわけだが、昔『ハムレット』を読んだ時の感覚を思い出して納得した。要するに面白くないのである。

『ハムレット』『オセロー』『マクベス』『リア王』の4作品はシェイクスピアの中でも四大悲劇と呼ばれ内容まで含めて有名だ。当然私も大体のあらすじは知っている。あらすじを知っていたからといって全く面白くなくなってしまうかというとそうとも限らないのだが、ここで外国文学つまり翻訳文学であるということが問題となってくる。

シェイクスピアの面白さの多くはその言葉遊びにある。これは本文に付された訳注を見れば明らかである。しかし翻訳によってそれらは失われてしまう。これは訳の問題ではなく翻訳という行為そのものが抱える宿命だ。そしてシェイクスピア作品の場合はその影響が大きい。それは戯曲という形式からくる描写や構成の簡潔さ、そして内容も含めて有名すぎるということに拠るのだろうと思う。とにかくそうした事情から翻訳されたシェイクスピアを読むと、まるであらすじをなぞっているだけのような感覚に陥るのである。

そんな文句を言うのであれば英語で読めばいいじゃないかという声も聞こえてきそうだが、それもどこか的外れな意見のように感じる。確かに私たちは英語教育を受けてきている。辞書を片手に原文を読むことも出来るかもしれない。しかしそれはイギリス人が英語を読むのとは圧倒的に違うのである。言語感覚であったり文化的背景の理解だったりという点で私たちはイギリス人に敵わない。もっと言えば現代のイギリス人にとってのシェイクスピアと、シェイクスピアが生きた当時のイギリス人にとってのそれとの間にも天と地ほどの差がある。それは日本人にとっての源氏物語などを考えれば明白なことだ。

ではこのように文化の違いなどによって本来の面白さが失われてしまった文学作品に価値はないのだろうか。私はそんなことはないと考える。古い作品や文化の理解が失われた作品たちはそこに現代的、同文化的解釈を挟むことで時と文化を超え、再び僕たちのもとで復活を果たす。それは作品そのものであったり翻案小説という形をとったり様々だが、そのように時や文化の壁を超えられる作品というのが本当に力のある作品であり、過去から未来へと読み継がれていく作品なのだろうと思う。

2011年9月10日土曜日

FUTON

中島京子の『FUTON』を読んだ。これは田山花袋の『蒲団』をモチーフにした小説で、花袋の研究をしているアメリカ人日本文学者とその愛人である日系女子学生とその曾祖父を中心とした物語と、アメリカ人日本文学者の花袋研究の成果として書かかれる、かの有名な変態先生の妻の視点から『蒲団』を捉えなおした小説の2つの話が平行して進む。

僕は先日の記事でもふれたが、ついこの間田山花袋の『蒲団』を読んだばかりである。なので、オリジナルの『蒲団』を思い返しながら『FUTON』の中で描かれる妻の視点からの『蒲団』を読み、また『FUTON』のもうひとつの話のほうでも花袋の『蒲団』での人物関係と照らし合わせるように読むことが出来、非常に楽しく読めた。

しかし、この作品を田山花袋の『蒲団』を未読の人が読んだらどうなるのだろう。『FUTON』を読めばオリジナルの話の筋も一応わかるように作られているようだが、それでもこの作品の持つ面白さを十分に理解できないのではないだろうか。なのでこの作品を読もうと思った人には先に田山花袋の『蒲団』を読んでおくことをお勧めしたい。

ちなみに中島京子は『FUTON』でデビューし、『ちいさいおうち』で第143回直木賞を受賞した作家である。

2011年9月3日土曜日

青空文庫

青空文庫というのは、主に著作権の切れた書籍をテキストファイルとして無料で配信するサービスである。その存在自体はずいぶん前から知っていたのだが、テキストファイルのため通常ではメモ帳によって横書きに表示され、ルビなどは括弧内に表示されるなどの事情から利用したことがなかった。

しかし最近になって、青空文庫のテキストファイルを読みやすく整形してくれるビューワーソフトがあるということを知り、試してみた。

ネットで検索するとたくさん種類があるのだが、今回導入したのはBE-i氏による「窓の中の物語」というソフト。実際の本のように右ページと左ページに分けて表示することが出来、ルビもきちんとした形になる。また、ページめくりのアニメーションがあるのが気に入った。

他のソフトもいくつか試してみたがノベルゲームのように自動送りができるものなどもあり、なかなか楽しい。

で、記念すべき青空文庫第一号として何を読んだかというと、田山花袋の『蒲団』である。中学や高校の国語の授業で文学史をやると、自然主義の作品として挙げられる作品で、ラストに主人公が女弟子の使っていた蒲団の匂いを嗅ぐ描写が有名である。しかしこの描写だけが有名で、実際に読んだことのある人は意外と少ないのではないだろうか。

有名な作品というのはしばしばこういう事態に陥るようだ。『蒲団』は結末が有名だが、川端康成の『雪国』のように冒頭文だけが独り歩きしていると思われる作品も多い。

そんなふうにラストだけ知って満足されてしまいがちな『蒲団』だが、通読してみたらとてもおもしろい作品だった。結末部だけをきくと、主人公はただの変態だが、通して読むとそれだけではないということがわかる。まぁ変態ではあるだろうが…。明治40年とずいぶん古い作品だが、そこまでの読みにくさはなく、そう長い話でもないのでぜひ読んでみてほしい。また、『蒲団』が私小説、つまり作家が自分のことを描いた作品であり、登場人物にはモデルがいたということを念頭に置けば、さらにおもしろく読めるだろう。


2011年7月2日土曜日

半熟作家と“文学少女”な編集者















  野村美月と竹岡美穂によるライトノベル『“文学少女”シリーズ』が完結した。
このシリーズは日本や海外の名作文学を題材にしたミステリ仕立ての学園ラブコメ。物語の面白さ、竹岡美穂によるイラストの美麗さもさることながら、題材や作中での紹介によってさまざまな名作文学と出会えるというのが良かった。
「文学に興味があるけど、今まであんまり本を読んでこなかったし…」みたいな人にお勧め。このシリーズを文学の世界への入り口にしてみては?
もちろん本をたくさん読んできた人にもお勧めです。題材の作品がどのように物語に組み込まれているか考えるのも楽しいし、自分の読んだ本が作中で紹介されるとなんとなくうれしい気持ちになる。またかなりの数の文学作品が取り上げられるので、きっと新たな出会いがあるだろう。

そしてそんな素晴らしいシリーズを完結させた野村美穂と竹岡美穂のタッグが『ヒカルが地球にいたころ…』という新シリーズを始めた。















  今回のシリーズは『源氏物語』を題材にした物語らしい。大学で国文学科に所属している身としては大いに興味をそそられるネタである。しかし1巻のタイトルが『葵』、つまり『源氏物語』の葵の上であることから、1冊につき1人の姫君を扱っていくことになると考えられ、すると今思いつくだけでも藤壺、紫の上、明石の君、夕顔、朧月夜、花散里、末摘花…とかなりの人数がいるため、相当長いシリーズになると予想されるわけで…。正直集めようかどうしようか迷っているのが現状です。

2011年6月29日水曜日

ガールズ・ブルー

あさのあつこの『ガールズ・ブルー』を読んだ。


一気に読んでしまった。めちゃくちゃおもしろかった。
自分が高校生だったころ漠然と感じていた想いに、言葉が与えられたような印象。こんな言葉が自分にもあったらって思う。まぁこういう言葉を持っているから作家なのだろう。でもやっぱり羨ましい。

しかし羨ましがっていても仕方ないので『ガールズ・ブルー』の中で印象に残った場面を一つ紹介。それは「美談」について語られる場面だ。
思わずうるっときてしまうような美談。それはたとえば急死してしまった元監督のために頑張る高校球児であり、駅のゴミ箱まわりでゴミ拾いをする落ちこぼれ高校の生徒だったりする。これらはうわべだけ見ればいい話だ。しかしその裏にはまったく別の物語がある。高校球児は元監督とウマが合わず、新監督のもと伸び伸び野球をやっているだけ、高校生は自分の捨てたごみを自分で拾っただけだった。そんな背景を知らずにうわべだけ見ていい話だと思い込むのは危険だというのだ。

東日本大震災があり、ニュース番組ではたくさんの美談が報道された。だがそんな美談にも、隠された裏の物語があったのかもしれない。なんとなくさみしい考え方のような気もするが、原発の安全神話も崩れた今、世の中のいろんなことに疑いを持つということは大切なことかもしれない。

2011年6月27日月曜日

論理と感性は相反しない

山崎ナオコーラの『論理と感性は相反しない』を読んだ。タイトルと表紙に惹かれて買ったのだが、まぁおもしろかった、と思う。


『論理と感性は相反しない』は十四編を収録した書き下ろし短編集で、登場人物がところどころ被ってくるので連作短編的でもある。

表題作「論理と感性は相反しない」は論理的な考え方をする真野秀雄と感性の世界に生きる神田川歩美の二人の話。これは文句なしに良い。
他に印象的だったのは「ブエノスアイレス」と「秋葉原」の二作。この二作は世界の裏側、自分のちょうど反対の位置に立っている存在(アンチポデス)の物語としてセットになっていておもしろい。

ただ、短編集としては全十四編中印象に残ったのが三編と、やや物足りなかった感は拭えない。